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東京高等裁判所 平成8年(ネ)5165号 判決 1997年4月23日

主文

一  控訴人の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

「1 被控訴人は、控訴人に対し、金一四七〇万三八二〇円及びこれに対する平成五年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 控訴人のその余の請求を棄却する。」

二  被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用(附帯控訴費用を除く)は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

四  この判決の第一項1は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  本件控訴事件

1 控訴人

(一) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

(二) 被控訴人は控訴人に対し、原判決認容額に加えて、更に一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四) 第(二)項につき仮執行宣言

2 被控訴人

控訴棄却申立て

二  本件附帯控訴事件

1 被控訴人

(一) 原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

(二) 右取消しにかかる控訴人の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

2 控訴人

附帯控訴棄却申立て

第二  事案の概要

本件の事案の概要は、次のとおり当審における当事者双方の主張を付加するほかは、原判決書「第二 事案の概要」(原判決書二頁一〇行目から八頁一一行目まで)と同一であり、証拠関係は原審及び当審訴訟記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴人

控訴人の休業損害、逸失利益の算定に当たっては、少なくとも女子労働者の平均賃金の一〇〇パーセントを基準とするべきである。すなわち、平成五年三月の本件事故当時、控訴人の家族は六六歳の父と六一歳の母及び会社勤務の妹の四人家族であったが、父は既に年金生活者であり、かつ慢性胃・十二指腸潰瘍、高血圧症、過敏性大腸症候群等の疾病により長期療養中の身であり、母は胃潰瘍、慢性胃炎の障害を有し、妹は外勤のため一家四人の家事労働は殆ど控訴人が負担してきた。事故前、控訴人は完全に健康状態であり、他に勤務する等すれば平均賃金以上の収入を得る蓋然性は十分存したが、前述の両親の健康状態等によりやむなく母親の経営する学習塾の手伝いをする傍ら、主として家事従事者としてこれを負担してきたものである。そして、家事従事者とは、主婦または一家の支柱でなくとも、性別、年齢を問わず現に主婦的労働に従事していることで必要、十分であり、控訴人の場合もこれに該当するというべきである。

二  被控訴人

控訴人の右主張は争う。

控訴人は、原審において収入月額を一二万円と供述しているが、所得証明書によれば、平成四年の給与収入額は二七万九七五〇円であるに過ぎない。したがって、少なくとも控訴人の受傷当時の実収入額を超える収入額を基準として休業損害及び逸失利益を算定すべきではない。また、控訴人の症状固定までの期間には通院期間も含んでおり、その間に「就労可能」の診断もされていること、控訴人の後遺障害の内容、程度及び職業等を考慮すると、症状固定までの全期間について全く稼働できなかったとすることはできない。

更に、控訴人の主張する症状固定後の治療についてはこれを必要とする特段の理由はなく、本件事故との因果関係はない。

第三  争点に対する判断

一  治療費について

五〇〇万八八一五円

当裁判所も、治療費としては、五〇〇万八八一五円を認めることが相当であると判断するが、その理由は、次のとおり加えるほかは原判決書九頁二行目から一三頁三行目までと同一であるからこれを引用する。

原判決書一二頁一一行目の「相当である。」の次に「被控訴人は、右症状固定後の治療費については本件事故との因果関係はない旨主張するが、前掲の各証拠によれば、右治療は本件交通事故による受傷である左膝の痛みや左足背の痺れの症状緩和のほか、本件事故に起因する外傷性不安神経症の緩和の目的を含むものであり、また《証拠略》によれば、控訴人はその後も平成七年一二月から平成八年一二月にかけて、他の医療機関において不安神経症や外傷性ストレス障害を含む後遺症の治療を受けていることが認められ、これらの事実からすれば、控訴人主張の右城山病院、藤森病院及び相沢病院における治療は、症状固定後とはいえ本件事故と因果関係がないとはいえないから、右認定の範囲で症状固定後の治療費を損害と認めることが不合理とはいえない。」を加える。

二  入院雑費、通院交通費、リハビリ用杖及び用具について

当裁判所も、入院雑費として二二万一二〇〇円、通院交通費として四九万七六〇〇円、リハビリ用杖及び用具として一万二〇四三円を認定するのが相当であると判断する。その理由は、原判決書一三頁四行目から一四頁二行目までと同一であるからこれを引用する。

三  休業損害 五四一万二四四六円

1 《証拠略》によれば、控訴人は、本件事故当時、満三四歳の独身女性であり、学習塾教師や家庭教師、自宅での塾経営等により月額一二万円程度の収入を得ていたこと、本件事故により平成七年三月三一日まで全く稼働できなかったことが認められるから、本件事故当日から平成七年三月三一日までの期間につき休業損害を認めるべきである(なお、甲一五の平成五年一一月一二日付の診断書には「就労可能」との趣旨の記載があるが、右診断書では就労可能時期が何時からであるかの記載はなく、平成五年一一月当時は控訴人の左膝内に二本の長さ三〇センチメートル以上のピンが入っている状態で、それを抜いたのは平成六年三月一〇日であるという前記の治療経過に照らせば、控訴人はその後も右の期間中は就労不能であったと認めるのが相当である。)。

2 そして、《証拠略》によれば、控訴人は、本件事故当時、両親と妹の四人暮らしであったこと、父親は月額八万円ほどの年金収入があるのみで、母親(本件事故当時六一歳)が控訴人とともに自宅での塾経営に当たっていたが、妹は会社勤めをし、父親も母親も病気がちで、家事労働については控訴人が母親以上に重要な役割を果たしてきたことが認められる。そうすると、控訴人は家事労働にも相当の時間を割きながら塾経営、家庭教師などの仕事を兼ねていたもので、休業損害算定の基礎としては(後記逸失利益の算定についても同じ。)、いわゆる兼業主婦に準ずるものとしてその家事労働分を斟酌すべきであり、本件に顕われた上記家族構成、生活状況、控訴人の家事労働以外の実収入等をも勘案し、賃金センサスによる女子労働者の平均賃金の四分の三に相当する金額とすることが相当である(なお、乙二によれば、控訴人は平成四年の年間収入額を二七万九七五〇円として税務申告をしていることが認められるが、これをもって前記実収入額の認定及び休業損害相当額の認定を左右するに足りない。)。

3 そうすると、休業損害は次のとおり五四一万二四四六円となる。

三五〇万七四〇〇円(平成五年賃金センサス・女子労働者・学歴計・三五歳~三九歳)×三÷四×七五一日÷三六五日=五四一万二四四六円

四  逸失利益 五六六万一三〇一円

前判示のとおり控訴人には症状固定時において左膝内側に圧痛、左足背の拇指と第二足趾間に感覚障害が残り、右後遺障害につき一二級一二号に認定を受けていることに照らせば、控訴人の労働能力喪失程度は一四パーセントと認めるのが相当である。控訴人は右障害に加えて不安神経症も本件事故後発症し、これらを総合すると二〇パーセントの労働能力喪失があるとの主張をするところ、たしかに《証拠略》によれば、控訴人は本件事故後不安発作に悩まされる等の不安神経症を患い治療を受けていることが認められるが、これらを考慮しても、労働能力喪失の程度としては前記の一四パーセントを超えるものがあると認めるに足りない。

そして、上記のような後遺症の内容と部位、程度に照らすと、六七歳までの全就労期間にわたって右後遺症による労働能力の喪失が継続されるとみられ、右労働能力喪失率に乗ぜられるべき基礎となる収入としては、前記のような控訴人の生活実態とこれまでの収入等から前記の女子平均賃金の四分の三に相当する額を相当と認めるから、次のとおり五六六万一三〇一円となる。

三五〇万七四〇〇円(平成五年賃金センサス・女子労働者・学歴計・三五歳~三九歳)×三÷四×〇・一四×一五・三七二四(三〇年のライプニッツ係数)=五六六万一三〇一円

五  慰謝料(受傷分、後遺症分一括)

六〇〇万円

当裁判所も、本件の事故態様、受傷内容、治療経過、後遺症の程度と内容等本件に顕われた諸般の事情を考慮して、慰謝料としては六〇〇万円を認めるのが相当であると判断する。その理由は、原判決書一八頁六行目から一一行目までと同一であるからこれを引用する。

六  以上の小計 二二八一万三四〇五円

控訴人がこれまでに被控訴人から損害の填補として九四〇万九五八五円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、これを前記の損害合計二二八一万三四〇五円から差し引くと残額は一三四〇万三八二〇円となる。

八  弁護士費用

一三〇万円が相当である。

九  総合計 一四七〇万三八二〇円

第四  結論

そうすると、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し一四七〇万三八二〇円とこれに対する事故日である平成五年三月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。よって、これと異なる原判決を本判決主文第一項のとおり変更し、被控訴人の本件附帯控訴は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九五条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 豊田建夫)

裁判官 田村洋三は、転補につき署名捺印できない。

(裁判長裁判官 荒井史男)

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